日時     KIN 256  月の月(20)12:41:29 (2006年9月11日)

   平和は、心の中の問題

『マヤも叡智と日本人の魂の融合』第5章より

平和は、心の中の問題であるといういうこと。いくら安全のため、護身のためといっても、刀を身に着け、銃を持っていれば、戦いの危険性は高まります。銃を持つということが、心の中で、平和の準備ではなく、戦いの準備を始める事になるのだから。

シンクロニシティの構造を感じ始めたなら、チャネルをあわせることによって、

「類は友を呼ぶ」という真理を肌で感じ始めます。

武力を持つものは戦いを求め、兵器を仕事として作るものは、戦争が起こることをシュミレーションし始めます。10年ごとに戦争を起すような構造を作り上げることになってしまいます。あなたが、アメリカの陸軍や空軍に勤め、あるいはアメリカで兵器を作る仕事に従事したら、最高の兵器を作ろうとしないでしょうか? 最高の兵器とは? 最高の軍隊とは?

兵器を持つという事は、心の中に、戦争を生み出すためのマトリックスを作り上げざる得ないのです。心の世界、四次元以上の時間の世界では、常識です。

平和は、三次元の世界にあるのではなく、四次元以上の世界で、

こころや精神の領域が平和であることなしに、

真の平和は、三次元の地球にもたらされない。

日本の憲法9条は、この真理を、

三次元の世界における規定として条文化したものです。

「戦争の放棄と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段 としては、永久にこれを放棄する」

ということは、戦争にも、威嚇にも、武力を使わない、そのための軍隊も持たないのです。

今の自衛隊は、撃っていいのかどうか分からないという、いい意味でいい加減のところにあり、装備では世界有数の軍隊であっても、「戦っていいのかどうか」という形で、平和憲法の影響下にある心の状態を、現状と考えていいと思います。それは同時に、海外派兵がいかに危険であり、軍隊に豹変する危険をはらんだ無謀な行為であるかということも意味しています。軍隊として認める方向の改憲も、同じです。

重要なのは、軍隊をもたないという精神、心、

あるいは、この条文が語る、平和の真理です。。

「人間相互の関係を支配する崇高な理想」

「平和を愛する諸国民の公正と信義」

「恒久の平和」

このことばは、当たり前のように、平和とは、四次元以上の世界での、平和を求める心、精神が前提である事。四次元以上の世界のリアリティを確信している言葉です。そして本気で平和を望むのであれば、宇宙のすべての存在が平等であり、有機的な秩序でつながっていることを、日々感じていく必要があるのです。

「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」

 

日本国憲法を読めば、憲法でさえ、政治でさえ、

「人間相互の関係を支配する崇高な理想」

「平和を愛する諸国民の公正と信義」

「恒久の平和」

ということばで、三次元の事ではないぞ。

もっと高いレベルで、四次元以上の心や精神から、平和は生まれ、そのために

「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」

誓うとは、三次元の約束を超えた、四次元以上の世界まで、深く思い、願い、祈ることです。

コズミック・ダイアリーの観点からは、憲法改正とは、三次元的な法律の議論ではなく、憲法の精神、心、が失われている今の社会の精神、「心の改正」、が議論の中心になってこなくてはならない。

つまり、三次元の議論ではなく、四次元以上の世界のこと。

「人間相互の関係を支配する崇高な理想」

「平和を愛する諸国民の公正と信義」

「恒久の平和」

が議論の中心でなくてはならないのです。

参考

2002年BE-IN 呼びかけ

「人類が、正義という呪縛から、いっせいに解き放たれるために」

http://be-in.jp/view.php?VIEW=63

9.11平和祈願薪神事能

http://www.heiankyo.co.jp/cgi-bin/topics/getsu/kankou/delete.cgi?00236