KIN 213  磁気の月(5)13:56:53 (2006年7月30日)

磁気の月の5日 赤い倍音の空歩く者

パリ18年ぶりでしょうか・・・

昼食をリッツのレストランでとる。

旅の間に、できれば、その社会のさまざまな側面を、視点を変えて見るために、同じ街にいてもホテルのランクを変えてみることがある。

前回、パリに来たときにも、そうした。
ひとつは、リーズナブルなホテルに、
もうひとつは、文豪が泊まったような趣味にこだわったホテルに、そして、ランクが高いホテルに。前回はクリヨンに泊まった。20年近くも、前の話だが・・・。

今回は、クリヨンは1000ユーロもしていたようだ。そんなホテルに泊まることは、ちょっとできなかったのだが、オペラ座の方から、ラ・ペ通りを降りてそのまま、ヴァンドーム広場に来てしまったので、女性誌にマドンナも宿泊するパリ随一のリュクス・ホテルのリッツ、と書かれていたのを記憶が甦らせた。リッツといえば、ホテルではないが、一番好きな映画、「カサブランカ」に出てきた名前だなあ、とか、思いながらホテルの扉を押す。手動の回転ドアの奥は、パリ文化を感じさせる。

レストランは、19世紀の偉大な料理人、オーギュスト・エスコフィエの精神を受け継ぐ唯一のレストランとか・・・ホテルの扉から、歩いてくる間に、暖炉のあるロビーで、上品な女性がビジネスの話をしていたり、レストランの入り口までのソファに、アラブのお金持ち風の姿や、アフリカの政府の要人の面持ちの人が、語り合ったりしている。

右手の螺旋階段も含めて、100ユーロのホテルの宿泊客(柳瀬のこと)が、このレストランに向き合うまでの、心の変容を準備させてくれる。

19世紀のフランス料理のエスプリを伝えてくれるのは、入り口のコンシエルジュから始まって、ソムリエ、そして、料理を伝えるギャルソンに、チーズの専門家、5人以上の人間が、挨拶に来る。

リッツのロゼのシャンパンを口にしながら、ソムリエが、隣のテーブルのワインを客に出す前に、テイスティングする表情を見ながら、今日はこのあとのルーブル美術館での長丁場を考え、今日は自分では飲まないワインを、文化として楽しむ。

フレスコ画の青い天井、シャンデリアと鏡によるラビリンスのような空間演出。そのひといつひとつから、数百年のフランス料理の中に凝縮された文化を、地球上の人類の生み出したものとして味わう。それを伝えたいという思いを抱いた日本人がたくさんいたことも感じる。また、同じように世界中にも。

そして、それは、イタリアのルネッサンスが人間中心主義であるのと同じように、人間が中心ゆえに、過度になりすぎたひとつの歴史の文化かもしれない。

今日は、異文化に触れる意味で、非日常の旅として、足を踏み入れたが、もし、どっぷりとつかっているとしたら、この文化から、たやすく抜け出すことはできるのだろうかということにも、思いを向けてみた。

青い天井、その文化とエスプリへの共感と同時に、さらなる文化と人の進化へと向かうための叡智を、日常の食文化にも、もたらしていきたいと考えた。自然食、シンプルご飯を提唱しているキヨズ・キッチンのきよさんが、麻布十番に出したお店は、少し、高級レストラン風になったということで、まだ行っていなかったのだが、帰ったら、行ってみよう。

雨の中、リッツに来るタクシーは、ベンツであった。そのタクシーで、ルーブルに向かう。

食のフランス文化を2時間楽しんだあと、美術の芳醇な歴史を。

といっても、前回、30年前に来たときの、あまりの広さと、絵画の圧倒的な量に、疲れ果てたのをどこかで覚えているのか、限定しよう。観るものを限定・・・という声は自分のなかから聞こえるのだが、やはり、ご馳走を前にした時のように、この機会に、たくさん見たいという本能も。

ダ・ビンチから、と思い・・・モナリザへ。
モナリザは、その前で、

13回、20回の呼吸をしながら、

ダ・ビンチに波長を合わせる形で、楽しみ、結局、2回、呼吸を合わせに来た。

イタリア・ルネッサンスの絵画は、圧倒的だ。その内容から、たとえば、キリストのパッションに対する、神のコンパションを描いている絵を、キリスト教徒だろう人が、片目で、通り過ぎていくことができるのに、驚く。

神の世界と人間の世界のテーマに、まさしく、そのテーマの現代性を、今、感じずには、動けない。そんな絵が、何枚も出てきた。

エジプトの遺跡からの発掘品も、圧倒的に多い。これは、ナポレオンのせいなのか、だれのせいなのか、ともかく、すべてが、エジプトから運ばれた経緯を感じずには見ることができなかった。戦利品ということなのだろうか、・・・多くの芸術品に、マヤに共通する精神を共振しながら、エジプトの叡智とマヤの叡智との故郷探しも、重要なテーマかもしれない。

夕食に、シェ・アンドレという70年の歴史のあるビストロに足をシャンゼリゼまで伸ばしたのだが、今、雑誌を見たら、ロマン・ポランスキーのお気に入りの席が・・・という描写に、前回、17-8年前にパリに来たときのきっかけを思い出す。CMプランナーをしていて、当時、仕事が同じ時間にトリプルブッキングが普通のような、残業200時間を超える、つまり、土日はもちろん、朝、4時に戻って7時に出社するのが、日常のような状態が数ヶ月続いていたときのこと。

1ヶ月ぶりに、休みで、ゴルフの打ちっぱなしに来て、待っているときに新聞に、ロマン・ポランスキー自身が、俳優として、カフカの「変身」をパリで演じるという記事を読んだ。そのことを告げたら、嫁さんの「行きたいの?」という言葉が、啓示のように降りてきて、まず、クライアントから説得して2週間で仕事をかなり整理し、1週間は、いつも仕事の1/3に整理して、上司に任せ、強引にパリに来たときのことを思い出す。

レストランからホテルに向かうように、タクシーに言って、セーヌ河あたりに来たときに、ふと、リュクサンブール公園を散歩したくなり、行き先を変更してもらう。前回の最初のホテルが、リュクサンブール公園の近くに取り、サルトルの「嘔吐」のロカンタンが、リュクサンブール公園の木の根っこに、吐き気として、「実存」を感じたということを確認するために、学生時代は気づかなかった、真実を当時、感じて、散歩するために公園に行ったことを急に思い出したからだ。

どうやら、木の根っこは、あまり、見られなかった。こんなに大きな公園のイメージはなかった。リュクサンブール宮に向かって、いすに座り、ナチュラル・マインド・メディテーションをおこなったり、ルーブル美術館で固まってしった体を、芝生で伸ばしたり、和良久の八力という型を行ったりして、1時間以上、そこにいた。

気づいたことは、リュクサンブール宮は、窓が横に13あるシンメトリーになっているということだ。マヤの遺跡に行ったときに、日本の建築にも大きな影響を与えたフランク・ロイド・ライトが、マヤの建築の影響を受けて、同じように、7、13のシンメトリーの建築を世界に広めたことをメキシコのマヤの遺跡で知ったことを思い出した。

このシンメトリーの中心が、パリ天文台から、
ルーブル、パレ・ロワイヤル、と南北の線を貫いているのを感じ、パリのなんらかの意図、街づくりの糸のようなものが見えた気がした。

若い学生風の男が、先ほど古武道の和良久を行ったその中心のラインに、枝を何本かもって入り、何か、錬金術的な様子で、芝生に枝を組み合わせて立て、その中心のラインに寝転んでしまった。宇宙と交信、あるいは、パリの地の霊と交信しようとしているとしか、思えない。

夜9時だっただろうか、何人もいる警備員がいっせいに笛を吹き、少し夕暮れになってきた夏時間の公園を閉門するために追い出しにかかるが、微動だにしない学生風の男の様子に、警備員は近くまで行って、笛を鳴らして、起こして追い出した。

出口の説明書きを読むと、17世紀に、メディチ家がつくった公園のようだ。デヴ・オーラという小さな光の神殿のコンセプトにイギリスで触れたのだが、少し、規模が違う試みがあったように思う。

フランス文化から、イタリア・ルネッサンス、リュクサンブール公園、そこで、サルトルが実存に気づくのも、そういう仕組みをパリにもたらした意図と文化の交錯する接点を感じ、それに気づくための旅だったようだ。

日本との電話で、ある世界平和を訴えている団体から、世界平和のためのイベントのプロデュースの話が来ているとのこと。

平和は、心の中の平和がもたらすもの。4次元以上のもの。憲法9条は、その4次元以上の平和の真理を3次元にもたらした表現であること。などなど、あるいは、平和は目的ではなく、それ自体が道であるという、ホゼのことばも含めて、共振しあえる打ち合わせになればいいのになあ。と思う。